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青森県むつ市の情報 青森県むつ市の概要
釜臥山から見たむつ市街
下北半島に位置し、陸奥湾と津軽海峡に面する、本州最北端の市である。2005年の市町村合併により、青森県の総面積の約11%を占める県内で最も大きな面積を持つ自治体となった。 1960年に大湊田名部市から現在のむつ市に改め、日本で初めての平仮名の市である。 下北地方の中核都市であり、周辺自治体に広がる人口約75000人のむつ都市圏を形成している。 また、人口は減少傾向にあるが、それは旧大畑町、旧川内町、旧脇野沢村の人口減少が主であり、旧むつ市の人口はほぼ横ばい状態である。 青森県むつ市の地理 隣接している自治体
気候ケッペンの気候区分では西岸海洋性気候に属し、冷涼な気候である。また、12月上旬から3月下旬まで雪に覆われる。 日本海側気候ではあるものの、夏は北東風(やませ)の影響などにより涼しく過ごしやすい。また、冬は特別豪雪地帯ほど大量の雪は降らない。そのため、生活するには過ごしやすい気候である。 人口
青森県むつ市の歴史 田名部は藩政時代には南部藩(盛岡藩)の代官所が置かれていた。当時より下北地方の要の町として開け、田名部川の水運で栄えた。1870年、戊辰戦争で賊軍とされた会津藩が領地没収の引き換えに斗南藩(となみはん)として再興が許される。翌年には廃藩となり、現在のむつ市斗南ヶ丘にその史跡がわずかに残る。 大湊は下北七湊の一つであり、明治以降は帝国海軍の軍港となった。太平洋戦争の末期は、大湊町であり、市制施行していない地域であったが、海軍の基地があるということもあり空襲を受けた。終戦直前には海軍関係者も合わせて、町では異例の10万人近くの人口があった。大湊は現在でも海上自衛隊の基地があり、青森県以北を警備担当区域とする大湊地方隊の地方総監部が置かれている。他に、むつ (原子力船)の母港など、海、先端技術との関わりの中で発展しており、また、第3次産業の比重が高い。 なお、大湊は自衛隊の関係で県外からの転勤者が多く、言葉の面でも習慣の面でも独特の文化が築かれている。また大湊に住んでいたことのある人が全国に広がっているという特殊な状況も持っている。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/
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