参加引越し業者一覧
「引越し見積たい.com」で見積もり依頼が出来る引越し会社の一覧です。
レ舀
引越し用語
覚えておくと役に立つ引越し用語集です。
レ舀
掃除のコツ
ちょっとの工夫で、きれいに掃除!だけじゃなく、普段の掃除でも使えます
レ舀
段取り
手間を減らして効率よく進めるための流れです。
レ舀
収納のコツ
工夫次第で今のスペースを120%活用できます。
レ舀

青森県むつ市の情報

エリアHOME青森県むつ市


青森県むつ市の概要

釜臥山から見たむつ市街

下北半島に位置し、陸奥湾と津軽海峡に面する、本州最北端の市である。2005年の市町村合併により、青森県の総面積の約11%を占める県内で最も大きな面積を持つ自治体となった。 1960年に大湊田名部市から現在のむつ市に改め、日本で初めての平仮名の市である。 下北地方の中核都市であり、周辺自治体に広がる人口約75000人のむつ都市圏を形成している。 また、人口は減少傾向にあるが、それは旧大畑町、旧川内町、旧脇野沢村の人口減少が主であり、旧むつ市の人口はほぼ横ばい状態である。

青森県むつ市の地理


隣接している自治体
  • 下北郡:大間町、東通村、風間浦村、佐井村
  • 上北郡:横浜町

気候

ケッペンの気候区分では西岸海洋性気候に属し、冷涼な気候である。また、12月上旬から3月下旬まで雪に覆われる。

日本海側気候ではあるものの、夏は北東風(やませ)の影響などにより涼しく過ごしやすい。また、冬は特別豪雪地帯ほど大量の雪は降らない。そのため、生活するには過ごしやすい気候である。

人口

むつ市と全国の年齢別人口分布図(比較) むつ市の年齢・男女別人口分布図
■紫色はむつ市
■緑色は日本全国
■青色は男性
■赤色は女性
1980年 71,567人
1985年 71,857人
1990年 68,637人
1995年 67,969人
2000年 67,022人
2005年 64,052人
総務省統計局 / 国勢調査(2005年)

青森県むつ市の歴史


田名部は藩政時代には南部藩(盛岡藩)の代官所が置かれていた。当時より下北地方の要の町として開け、田名部川の水運で栄えた。1870年、戊辰戦争で賊軍とされた会津藩が領地没収の引き換えに斗南藩(となみはん)として再興が許される。翌年には廃藩となり、現在のむつ市斗南ヶ丘にその史跡がわずかに残る。

大湊は下北七湊の一つであり、明治以降は帝国海軍の軍港となった。太平洋戦争の末期は、大湊町であり、市制施行していない地域であったが、海軍の基地があるということもあり空襲を受けた。終戦直前には海軍関係者も合わせて、町では異例の10万人近くの人口があった。大湊は現在でも海上自衛隊の基地があり、青森県以北を警備担当区域とする大湊地方隊の地方総監部が置かれている。他に、むつ (原子力船)の母港など、海、先端技術との関わりの中で発展しており、また、第3次産業の比重が高い。

なお、大湊は自衛隊の関係で県外からの転勤者が多く、言葉の面でも習慣の面でも独特の文化が築かれている。また大湊に住んでいたことのある人が全国に広がっているという特殊な状況も持っている。

  • 1959年(昭和34年)9月1日 - 下北郡田名部町と大湊町が合併、青森県8番目の大湊田名部市(おおみなとたなぶし)が誕生。当時、日本一長い名称の市(5文字)となる。読み仮名の8文字も当時大和郡山市と並び最長であった。
    • その後、文字数の記録は2005年に誕生したかすみがうら市(のちにいちき串木野市・つくばみらい市も)の6文字となる。
    • 読み仮名の8文字はその後、北九州市・四国中央市が現れた後、2007年に誕生した南九州市の9文字が最長となる。
  • 1960年(昭和35年)8月1日 - 市名をむつ市に改め、日本初のひらがな名の市となる。
  • 2005年(平成17年)3月14日 - 下北郡川内町・大畑町・脇野沢村を編入。恐山の飛地を解消。


参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/
▲ページのトップへ