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愛媛県伊予郡砥部町の情報

エリアHOME愛媛県伊予郡砥部町


愛媛県伊予郡砥部町の概要

砥部町
とべちょう
日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県 
伊予郡
団体コード 38402-0
面積 101.57km²
総人口 22,368人
(推計人口、2008年12月1日)
人口密度 220人/km²
隣接自治体 松山市
伊予市
伊予郡松前町
喜多郡内子町
上浮穴郡久万高原町
町の木 クヌギ
町の花
シンボルキャラクター とべまる
砥部町役場
所在地 〒791-2195 愛媛県
伊予郡砥部町宮内1392番地
電話番号 089-962-2323
外部リンク 砥部町

■:市 / ■:町

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■テンプレート(■ノート・■解説・■ウィキプロジェクト)

砥部町(とべちょう)は、愛媛県の中予地方に位置する町である。200年以上の歴史がある伝統工芸品「砥部焼」で有名。松山と高知とを結ぶ国道33号が縦貫する交通の便と、変化に富んだ緑豊かな自然により、松山市のベッドタウンとして宅地開発が進んでいる。「住んでも 訪ねても いきいき砥部」をキャッチフレーズとしていたが、新町になってから公募による「清流とほたる 砥部焼とみかんの町」をキャッチフレーズとしている。全国的に砥部と言えば「砥部焼の町」と知名度が高い。アートの里プラン21やホップ・ステップとべと言った町総合計画でまちづくりを進めている。

愛媛県伊予郡砥部町の地理


位置

愛媛県のほぼ中央、松山市の南に重信川をはさんで連接している。松山平野の南端に位置する。

地名の由来

古来良質の砥石「砥部石」を産し、町内の一つ地区を砥山と称していたが、周辺の地域一帯を含めて砥部と呼ぶこととなった。

地形

南部は山が多く、北は松山平野の南端の一角を占めている。南北に流れる砥部川沿いに国道33号が走り、集落が開けている。砥部地域は全体がなだらかな丘陵地にある。松山市との北東の境の丘陵地には、とべ動物園、えひめこどもの城、県立総合運動公園などのレクリエーション施設が集中している。

広田地域は、上尾峠を越えた南側になる。

  • 山:障子山(伊予市との境)、行道山(同)、権現山(広田)
  • 河川:重信川、砥部川(重信川の支流の一つ)

気候

温暖であるが、松山に比べると1~2度低い。

人口

砥部町と全国の年齢別人口分布図(比較) 砥部町の年齢・男女別人口分布図
■紫色は砥部町
■緑色は日本全国
■青色は男性
■赤色は女性
1980年 17,958人
1985年 19,339人
1990年 20,802人
1995年 21,705人
2000年 22,075人
2005年 22,424人
総務省統計局 / 国勢調査(2005年)

愛媛県伊予郡砥部町の歴史


※旧広田村時代の同地域の歴史については広田村の記事を参照のこと。

古代
  • 6世紀初め頃 原町地域に点在する群集古墳の代表的なものに大下田古墳があり、この頃から政治・経済・文化が進んでいたことがうかがえる。
  • 747年(天平19年) 法隆寺文書に砥部荘の名が見られる。
  • 760年(天平4年) 正倉院文書に伊予砥3顆が課せられたとある。
  • 延喜式に伊予砥5顆が納められたとある。
伊予砥は当町外山産の砥石をさすものと考えられる。
中世
  • 河野氏の支配下に属したが、後期には長曾我部氏の進攻を受けた。
近世
  • 江戸時代 初期は加藤嘉明の松山藩に属した。
  • 1635年(寛永12年)8月 松山藩と大洲藩との替地により大洲藩の所領となる。
砥部焼が振興される。
  • 新谷藩の成立により大南・岩谷口・大平・下麻生が新谷藩の所領となった。
近代
  • 1889年(明治22年) 町村制施行にともない下浮穴郡砥部村、原町村、広田村が成立。
砥部村 - 外山村、北川毛村、五本松村、大南村、岩谷口村、大平村、川登村、万年村が合併
原町村 - 麻生村、宮内村、千足村、河井村、七折村、大角蔵村が合併
広田村 - 多居谷村、猿谷村、総津村、中野川村、高市村、玉谷村、満穂村、栗田村が合併(旧栗田村地区は1929年(昭和4年)、中山町へ編入)
  • 1897年(明治30年)下浮穴郡より伊予郡に郡域変更。
  • 1928年(昭和3年) 砥部村が町制をしき砥部町となる。
  • 1955年(昭和30年)3月31日 砥部町と原町村が合併し砥部町となる。
    • 以上、砥部町(旧)「砥部町のすがた」ほかによる
新町後
  • 2005年(平成17年)1月1日 (旧)砥部町、広田村が合併し、新しい砥部町となった。


参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/
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