群馬県館林市の情報
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群馬県館林市の概要
館林市
たてばやしし
| 国 |
日本 |
| 地方 |
関東地方 |
| 都道府県 |
群馬県 |
| 団体コード |
10207-5 |
| 面積 |
60.98km²
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| 総人口 |
78,887人
(推計人口、2008年11月1日) |
| 人口密度 |
1,290人/km² |
| 隣接自治体 |
群馬県:邑楽郡邑楽町、千代田町、
明和町、板倉町
栃木県:足利市、佐野市
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| 市の木 |
クロマツ |
| 市の花 |
ヤマツツジ |
| 市の鳥 |
カルガモ |
| 館林市役所 |
| 所在地 |
〒374-8501 |
群馬県 |
| 館林市城町1番1号 |
| 電話番号 |
0276-72-4111 |
| 外部リンク |
館林市 |
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■:市 / ■:町・村
SVGMAP
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| ■テンプレート (■ノート ■解説) ■日本の市町村PJ |
館林駅前ロータリー
駅前通り(通称:てんしゃば通り)てんしゃばとは方言説・館林駅に実際にあった転車場説あり。昭和61年公募によって名づけられた。
館林市(たてばやしし)は、群馬県南東部の市。「ツル舞う形」でいうところのツルの頭の付け根に位置する。
1590年に徳川四天王の一人である榊原康政が東北地方への押さえとして館林城に入り城下町を整備した。徳川綱吉が城主だった時期もある。
名勝つつじヶ岡公園や、分福茶釜で知られる茂林寺がある。
群馬県の平成の大合併以前からあった市としては、唯一市町村合併を行わなかった市であるが、大泉町を除く邑楽郡4町との合併に向けた研究会を設置し、2010年3月までの合併を目指している。
群馬県館林市の地理
人口
総人口:79,037人 (男:39,337 人 女:39,700人)
世帯数:29,322世帯
- (2007年7月1日、推計人口)
外国人登録者数:
| 中国 |
556人 |
| フィリピン |
313人 |
| ブラジル |
299人 |
| ペルー |
107人 |
| 韓国・北朝鮮 |
104人 |
| バングラデシュ |
80人 |
| タイ |
78人 |
- 2007年7月1日現在
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| 館林市と全国の年齢別人口分布図(比較) |
館林市の年齢・男女別人口分布図 |
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■紫色は館林市
■緑色は日本全国
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■青色は男性
■赤色は女性
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| 1980年 |
70,245人 |
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| 1985年 |
75,141人 |
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| 1990年 |
76,221人 |
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| 1995年 |
76,857人 |
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| 2000年 |
79,371人 |
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| 2005年 |
79,454人 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) |
気候
冬から春先にかけて北風(空っ風、赤城おろし)が吹き、夏は雷が多く発生する。
また、他の群馬・埼玉県境付近の都市と同様、しばしば40℃近い猛暑に見舞われる。2007年8月15日には40.2℃、翌16日に40.3℃を記録した。これは発達した太平洋高気圧がもたらす温かい大気が、館林市の北西にある赤城山方面から熱風となって吹きおりるためである(フェーン現象)。
2001年から市民一斉気温測定を行い市内の気温分布を調査しているが、森林や水辺のある郊外では市街地より5℃程度低く、高温は市街地で発生することがわかった(ヒートアイランド現象)。市民は打ち水や緑のカーテンなどで気温を下げる活動を行っている。2008年6月に「暑さ対策本部」(本部長は市長)を設置し、市民、企業、行政が一体となって暑さ対策に取り組むことになった。
群馬県館林市の歴史
- 室町時代
- 1471年 赤井文三、文六が館林城に籠城して上杉勢と戦う
- 1562年 上杉謙信が館林城を攻める。その後、足利城主長尾景長が館林城に入る
- 安土桃山時代
- 1578年 長尾氏の下で植林、用水路事業を行った大谷休泊が没する
- 1584年 北条氏直が館林城を攻める。翌年落城し長尾顕長は足利に逃げる
- 1590年 徳川家康の関東入部に伴い、榊原康政が館林城に入る
- 江戸時代
- 1627年 榊原忠次が城沼の南丘にツツジの名木を多数移植する
- 1661年 徳川綱吉が館林城主になる
- 1676年 過重な年貢に苦しむ名主小沼庄左衛門ら十八名が越訴の罪で処刑される(日向義民)
- 1680年 綱吉が五代将軍になり、子徳松が館林城主になる
- 1683年 徳松が没し、館林城が廃城になる。以後代官が館林を支配する
- 1707年 越智松平氏が館林城主になる
- 1837年 生田万が乱を起こす
- 1845年 山形藩より秋元志朝が館林城に入封。このとき、移住してきた藩士に、マラリアに罹患し、死亡した者が多かったという伝説が、1919年(大正8年)頃、存在した。
- 1868年 館林藩は官軍として戊辰戦争を戦う
- 明治時代
- 1871年 廃藩置県により館林県設置、同年11月栃木県の管轄となる
- 1874年 大名小路から出火、館林城が焼ける
- 1876年 群馬県の管轄となる
- 1889年 町村制施行により邑楽郡内に、館林町、郷谷村、大島村、赤羽村、六郷村、三野谷村、多々良村、渡瀬村が誕生
- 1901年 田中正造が議員を辞職し、足尾鉱毒事件を天皇へ直訴
- 1902年 上毛モスリン株式会社設立
- 1907年 東武鉄道伊勢崎線川俣~足利間開通に伴い館林駅が開業
- 1907年 田山花袋が「蒲団」を発表
- 大正時代
- 1916年 館林町立実科高等女学校(現群馬県立館林女子高等学校)が開校
- 1916年 館林町の人口:12, 248名。館林町のマラリア患者数:30名。
- 1921年 県立館林中学校(現群馬県立館林高等学校)が開校
- 昭和時代
- 1954年 市制施行により館林町と郷谷、大島、赤羽、六郷、三野谷、多々良、渡瀬の各村が合併して、邑楽郡を離脱し館林市が誕生
- 1959年 皇太子明仁親王と正田美智子(父・祖父の出身地が館林)成婚
- 1972年 東北自動車道館林インターチェンジが開通
- 平成時代
- 1994年、市内出身の向井千秋が日本人女性初となる宇宙飛行を達成。
- 1998年、向井千秋が日本人初となる2度目の宇宙飛行を達成。
- 2007年 全国で史上8位となる最高気温40.3℃を観測。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/