北海道根室市の情報
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北海道根室市の概要
根室市
ねむろし
| 国 |
日本 |
| 地方 |
北海道地方 |
| 都道府県 |
北海道 根室支庁 |
| 団体コード |
01223-8 |
| 面積 |
512.63km²
|
| 総人口 |
30,527人
(住民基本台帳人口、2008年9月30日) |
| 人口密度 |
59.5人/km² |
| 隣接自治体 |
別海町、浜中町 |
| 市の木 |
千島桜 |
| 市の花 |
ユキワリコザクラ |
| 他のシンボル |
市の鳥 : 白鳥
市のスポーツ : 卓球 |
| 根室市役所 |
| 市長 |
長谷川俊輔 |
| 所在地 |
〒087-8711 |
北海道 |
| 根室市常盤町2丁目27番地 |
| 電話番号 |
0153-23-6111 |
| 外部リンク |
根室市 |
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■:政令指定都市 / ■:市 / ■:町・村
SVGMAP
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特記事項:
人口は住民基本台帳による
面積は歯舞群島(99.94km²)
の面積を含み、
風蓮湖(57.74km²、境界未定)
の面積を含んでいない。 |
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| ■テンプレート (■ノート ■解説) ■日本の市町村PJ |
根室市(ねむろし)は、北海道本島の最東端にあたる市で、北海道根室支庁の所在地である。
北海道根室市の地理
地勢
概ね低平な隆起海食台地で、山岳及び大きな河川はなく、市の中心部は透遠な高原の一部であるため、地形の高低があり、街路は緩やかな坂道が多く北東に紅煙岬が突出し、その西方海面に弁天島が横たわり、自然の港門となって根室港を形取っている。
陸地はほとんど平坦で牧畜に適し、半島の東端納沙布岬は暗礁が多くあり、加えて濃霧が深く航海上の難所として知られ納沙布岬灯台が設置されており、一方、太平洋側には大小の島が点在し、南東に突出した港の入江にはそれぞれ歯舞、花咲、落石(おちいし)の各港があり重要な漁港としての役割を果たし、冬季間の氷結もなく、沿岸、沖合漁業の根拠地として根室港と表裏をなしている。
更に、内陸部の厚床、和田地区は、大部分が平坦な平原で最高背部で150m、丘陵に小川が入り交じって大きな河川はなく、わずかにオンネベツ川、別当賀川を最大にホロニタイ川の小河川があるに過ぎない。
地質
地域の大部分が千島火山系摩周岳に由来する火山噴出物が堆積して形成された風積火山性土で、土性は一般に泥炭土を除き火山灰性土壌である。
北海道根室市の歴史
- 寛政2年(1790年)に松前藩の運上所がノッカマップから根室に移ったのが、集落の起源となった。根室は「子モロ」(子はネの変体仮名)「根諸」などと書き、河口に流木が寄り集まる小川からとられたという。また、アイヌ語のニムオロ(木の繁るところ)からとられたという説もある。根室の前に運上所があったノッカマップは、前年のクナシリ・メナシの戦いの首謀者が処刑された場所であった。そのせいでアイヌに嫌われたノッカマップを避けたのが、移転の理由であったという。寛政11年(1799年)に東蝦夷地が江戸幕府の直轄地になると、根室の運上所は、根室会所と改められた。
- 明治2年(1869年)10月に開拓使の根室出張所が置かれ、これは明治4年(1871年)5月に根室出張開拓支庁と改称、明治5年(1872年)9月から根室支庁と改称した。これら官庁は東北海道の行政を統括する役目を持っていた。1882年から1886年までは、根室県の県庁所在地であった。明治19年(1886年)1月に北海道庁が設置されると、根室県は廃止され、12月まで一時的に根室支庁が置かれた。明治30年(1897年)に、今までのものよりずっと狭い根室支庁が置かれると、その所在地となって今日に至る。
- 明治初めの根室は北海道東部最大の町であった。周辺の海域で働く漁業労働者の一時的な滞在地で、人口の季節変動が大きかった。明治10年(1877年)に漁場持制が廃止され、少数商人の支配がなくなると、根室に永住する人も増え、商店が並ぶようになった。
- 戦前戦後は国内有数の水産都市として発展した。1945年(昭和20年)7月14日の北海道空襲の際には死者369人を出したほか、市内の大半が焼失し壊滅的被害を受けたが復興。1957年に根室郡和田村と合併し市制を施行、1959年に花咲郡歯舞村を編入合併した。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/