茨城県日立市の情報
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茨城県日立市の概要
日立鉱山から発展した鉱工業都市であり、久原房之助が日立鉱山を拠点として以来、日立製作所(日立グループ)の企業城下町となる。他に似たような企業城下町には、豊田市(トヨタ自動車)や新居浜市(別子銅山、住友グループ)などがある。
尚、都市名と企業名の混同を避けるために、日立市民は日立製作所を日製(にっせい)と呼び、都市名を日立(ひたち)と呼んで区別する。
戦後の一時期、県庁所在地の水戸市を人口で上回っていたことがある。しかし近年は日立製作所グループの再編成などによって人口が減少し、十王町との合併にも関わらず20万人を割った。現在県内2位のつくば市に抜かれ、現在は県内3位となっている。
茨城県日立市の地理
茨城県日立市の歴史
- 江戸時代まで
- 鹿野場遺跡、六ツヶ塚遺跡などから約3万年前の石器が出土しており、この地域には当時から人が定住していたと考えられている。
- 日立が初めて文献に登場するのは、「常陸国風土記」である。
- 戦国時代には佐竹氏の領土に入った。しかし、江戸時代になると佐竹氏が秋田に飛ばされ、代わって水戸藩の領土に入った。
- 1695年旧9月 徳川光圀が神峰神社に参拝した時、海上から朝日の昇る様子を「朝日の立ち上る様は領内随一」として、一帯を日立と命名した。
- 明治維新以後
- 1897年2月25日 日本鉄道大甕駅と下孫駅(現常陸多賀駅)、助川駅(現日立駅)、川尻駅(現十王駅)が開業。
- 1905年 久原房之助による日立鉱山の開発に伴い鉱山町として発展を始め、その従業員であった小平浪平が設立した日立製作所の規模拡大によって工業都市へと発展した。
- 1914年12月 日立鉱山から排出される煙害対策として、大煙突が完成。
- 1928年12月27日 常北電気鉄道(後の日立電鉄)が大甕~久慈(現久慈浜駅)間を開業。
- 1929年7月3日 常北電気鉄道が久慈(現久慈浜)~常北太田駅間を開業。
- 1939年9月1日 多賀郡の日立町と助川町が合併し、日立市となった。(県内2番目)
- 1945年:艦砲射撃(7月17日)と日立空襲(6月10日と7月19日の2度)で被災。その被災規模は北関東でも上位であった。
- 1947年9月1日 日立電鉄が大甕~鮎川駅間を開業。
- 1993年2月19日 市のシンボルであった大煙突が倒壊。
- 2004年11月1日 十王町を編入。
- 2005年4月1日 日立電鉄線が廃止される。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/