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熊本県宇土市の情報
エリアHOME>熊本県>宇土市 熊本県宇土市の概要
宇土市
うとし
| 国 |
日本 |
| 地方 |
九州地方 |
| 都道府県 |
熊本県 |
| 団体コード |
43211-3 |
| 面積 |
74.19km²
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| 総人口 |
37,674人
(推計人口、2008年11月1日) |
| 人口密度 |
508人/km² |
| 隣接自治体 |
熊本市、宇城市、
下益城郡城南町 |
| 市の木 |
きんもくせい |
| 市の花 |
あじさい |
| 市の鳥 |
メジロ |
| 宇土市役所 |
| 所在地 |
〒869-0492 |
熊本県 |
| 宇土市浦田町51番地 |
| 電話番号 |
0964-22-1111 |
| 外部リンク |
宇土市 |
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■:市 / ■:町・村
SVGMAP
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| ■テンプレート (■ノート ■解説) ■日本の市町村PJ |
宇土市(うとし)は、熊本県の中央部に位置し、小西行長の城下町で知られる市である。中世から交通の要地として知られ、豪族たちがその支配をめぐって争いを続けてきた。近代以降も、熊本県における商工業の拠点の1つであり続けた。
熊本県宇土市の地理
熊本県宇土市の歴史
- 今日の宇土市を含む宇土郡は古代から見られる地名であり、その由来は、宇土半島がもとは島で「浮土」と表したのが転じたという説と、細く長い谷の意味を持つとの説がある。
- 日本の渚100選の1つ御輿来海岸は、4世紀に九州遠征の際に立ち寄られた景行天皇が景色の美しさに見惚れて、御輿を止めて、休まれたという伝説が名前の由来である。また、網田には景行天皇がその手を洗われたという御手洗(みたらい)が存在し、現在も綺麗な水が湧き出ている。
- 中世宇土城は1048年に築城されたと考えられている。
- 中世初期に紀氏の一族が宇土氏を名乗る武士団を形成した。やがて、鎌倉時代末期に菊池氏の一族がやはり宇土氏を名乗り、宇土城の城主となった。
- 1501年に宇土為光が菊池能運を破るが、後に攻め滅ぼされる。一方、為光側にあって八代を追われた名和顕忠が空白となっていた宇土領に侵入して宇土氏に代わって宇土城の城主となった。名物「小袖餅」の名前の由来となった昔話に名和伯耆左衛門尉という領主が登場する。
- 豊臣秀吉の時代に、名和氏に代わって佐々成政が入るが改易され、続いて小西行長が24万石の大名として入り、近世宇土城を築城した。しかし、小西行長は関ヶ原の戦いで西軍に属したため、斬首の刑となり、その領地は加藤清正に与えられた。
- 加藤清正は宇土城を大改修し、完成させたが、「一国一城令」に基づき、廃城とした。なお熊本城内に現存する宇土櫓は熊本城築城当時からのものとされているが、近年まで宇土城の移築説も存在していた。
- 加藤家が改易となった後、細川家が肥後国に入り、1646年、細川行孝を藩主とする宇土支藩(3万石)が置かれた。細川行孝は城下町の水質を改善するため、轟上水道をつくった。轟上水道に使われた技術は、神田上水・小田原水道に次ぐものとして、日本水道史上、特筆される。
- 近代に入ってからも、九州商業銀行(肥後銀行の前身)や火力発電所・マッチ工場などが建設され、商工業の中心であり続けた。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/
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