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沖縄県名護市の情報
エリアHOME>沖縄県>名護市 沖縄県名護市の概要
名護市
なごし
| 国 |
日本 |
| 地方 |
九州地方、沖縄地方 |
| 都道府県 |
沖縄県 |
| 団体コード |
47209-3 |
| 面積 |
210.30km²
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| 総人口 |
60,734人
(推計人口、2008年10月1日) |
| 人口密度 |
289人/km² |
| 隣接自治体 |
本部町、今帰仁村、大宜味村
東村、宜野座村、恩納村 |
| 市の木 |
ガジュマル |
| 市の花 |
テッポウユリ |
| 他のシンボル |
市の花木 : カンヒザクラ
市の鳥 : リュウキュウメジロ
市の蝶 : コノハチョウ
市の魚 : シロギス
市の貝 : スイジガイ |
| 名護市役所 |
| 所在地 |
〒905-8540 |
沖縄県 |
名護市港一丁目1番1号
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| 電話番号 |
0980-53-1212 |
| 外部リンク |
名護市 |
■:市 / ■:町・村
SVGMAP
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| ■テンプレート (■ノート ■解説) ■日本の市町村PJ |
名護市(なごし)は、沖縄本島北部に位置する市。沖縄県最北端の市である。2000年に行われたG8首脳サミットの開催地としても話題を集めた。中心市街は名護湾に臨み、背後は古生層の山地。沖縄本島北部地域の中心都市で国や県の出先機関も多く、商業が活発。ラン、キクなど花卉のほか果樹・野菜栽培が盛ん。漁港があり、カツオの水揚が多く、タイ・クルマエビ養殖も行われる。沖縄自動車道が通じ、海岸は景勝地で海水浴場もある。市街地東方にある名護城址はカンヒザクラの名所で、近くには樹齢300年のヒンプンガジュマルがある。
沖縄県名護市の地理
主な丘陵
- 八重岳(453m)
- 嘉津宇岳(451m)
- 安部岳(416m)
- 多野岳(396m)
- 名護岳(345m)
- 久志岳(335m)
- 宇橋山(299m)
- 一ツ岳(259m)
- 石岳(262m)
隣接する自治体
- 本部町
- 今帰仁村
- 大宜味村
- 東村
- 宜野座村
- 恩納村
人口
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| 名護市と全国の年齢別人口分布図(比較) |
名護市の年齢・男女別人口分布図 |
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■紫色は名護市
■緑色は日本全国
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■青色は男性
■赤色は女性
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| 1980年 |
45,991人 |
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| 1985年 |
49,038人 |
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| 1990年 |
51,154人 |
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| 1995年 |
53,955人 |
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| 2000年 |
56,606人 |
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| 2005年 |
59,463人 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) |
沖縄県名護市の歴史
2000年、万国津梁館にて第26回主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)開催
- 1673年 名護間切の東部が久志間切として分離される。
- 1908年 島嶼町村制により名護・羽地・久志の3間切がそれぞれ村となる(名護村・羽地村・久志村)。
- 1923年 久志村北部が東村として分離される。
- 1924年 名護村が町制施行し、名護町となる。
- 1946年5月 名護町北西部が屋部村、羽地村の屋我地島が屋我地村としてそれぞれ分離される。
- 1953年 羽地村奥武島と屋我地村(屋我地島)とを結ぶ屋我地大橋(初代)が完成。
- (初代の橋は1960年のチリ地震津波で流失、1963年に2代目が完成、1993年に現在の3代目が完成した)
- 1958年 大浦崎収容所跡にキャンプシュワブ米軍基地の建設が始まる。
- 1960年 チリ地震による津波で羽地村の真喜屋小学校と屋我地大橋が大きな被害を受けた
- 1970年8月1日 名護町・羽地村・久志村・屋部村・屋我地村の5町村が合併を行い、沖縄県下9番目の市として名護市が発足した。
- 1975年 沖縄自動車道が許田~石川間で開通(本部町で開催される海洋博覧会輸送確保のため、会場につながる主要道路が大幅改良された)
- 1979年 名護下水処理場完成。
- 同年 プロ野球日本ハムファイターズ(現北海道日本ハムファイターズ)が春季キャンプ開始。
- 1981年 現在の名護市役所が完成(旧庁舎は名護博物館となる)。
- 1982年 字源河のオーシッタイ区に電気が通る。(沖縄県の人の居住地で電気が通るのが最も遅れた場所)
- 1985年 人口5万人達成。
- 1986年 国道58号名護バイパスが全線開通(これにより翌年1987年に同国道の市街地付近のルートが大幅に変更された)
- 1987年 沖縄自動車道が那覇まで全線開通し、那覇まで従来の半分以下の約1時間余で結ばれることに(翌1988年からは那覇空港とを結ぶ高速バスも運行開始)
- 1989年 字名護地域の大規模な住居表示実施スタート(~2000年)
- 1994年 名桜大学開学
- 2000年7月 九州沖縄サミット首脳会合が市内の万国津梁館(ザ・ブセナテラス敷地内)で開かれる
- 2004年 沖縄工業高等専門学校開校
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/
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