沖縄県豊見城市の情報
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沖縄県豊見城市の概要
豊見城市
とみぐすくし
| 国 |
日本 |
| 地方 |
九州地方、沖縄地方 |
| 都道府県 |
沖縄県 |
| 団体コード |
47212-3 |
| 面積 |
19.45km²
※境界未定部分あり |
| 総人口 |
55,491人
(推計人口、2008年11月1日) |
| 人口密度 |
2,850人/km² |
| 隣接自治体 |
那覇市、糸満市、南風原町、
八重瀬町 |
| 市の木 |
リュウキュウコクタン |
| 市の花 |
ブーゲンビリア |
| 他のシンボル |
- |
| 豊見城市役所 |
| 所在地 |
〒901-0292 |
沖縄県 |
豊見城市字翁長854番地の1
|
| 電話番号 |
098-850-0024 |
| 外部リンク |
豊見城市 |
■:市 / ■:町・村
SVGMAP
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| ■テンプレート (■ノート ■解説) ■日本の市町村PJ |
豊見城市(とみぐすくし)は、沖縄県の市である。2002年に村から一挙に市制施行された。那覇市の南に隣接し、ベッドタウンとして人口が増加している。
沖縄県豊見城市の地理
字一覧
- 伊良波(いらは)
- 上田(うえた)
- 翁長(おなが)
- 嘉数(かかず)
- 我那覇(がなは)
- 金良(かねら)
- 宜保(ぎぼ)
- 座安(ざやす)
- 瀬長(せなが)
- 平良(たいら)
- 田頭(たがみ)
- 高嶺(たかみね)
- 高安(たかやす)
- 渡嘉敷(とかしき)
- 渡橋名(とはしな)
- 豊見城(とみぐすく)
- 豊崎(とよさき)
- 名嘉地(なかち)
- 長堂(ながどう)
- 根差部(ねさぶ)
- 饒波(のは)
- 保栄茂(びん)
- 真玉橋(まだんばし)
- 与根(よね)
隣接している自治体
- 那覇市(1954年までは北西隣が小禄村だった。北東隣は1953年までは真和志村、その後1957年まで真和志市だった)
- 糸満市(1961年までは兼城村、その後1971年まで糸満町だった)
- 島尻郡南風原町(1980年までは南風原村だった)
- 島尻郡八重瀬町(1979年までは東風平村、その後2005年まで東風平町だった)
人口
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| 豊見城市と全国の年齢別人口分布図(比較) |
豊見城市の年齢・男女別人口分布図 |
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■紫色は豊見城市
■緑色は日本全国
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■青色は男性
■赤色は女性
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| 1980年 |
33,075人 |
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| 1985年 |
37,965人 |
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| 1990年 |
40,777人 |
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| 1995年 |
45,253人 |
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| 2000年 |
50,198人 |
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| 2005年 |
52,516人 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) |
沖縄県豊見城市の歴史
- もとは豊見城間切で、のちに北部が小禄間切(のちの小禄村、現在の那覇市)、南東部が兼城間切(のちの兼城村、現在の糸満市)へそれぞれ分離した。
- 1908年4月1日に島嶼町村制施行により豊見城間切から豊見城村となった。
- 1976年に「日本一人口の多い村」となる
- 2002年4月1日に単独で村から市になった。市になる前は日本一人口の多い村であった(現在は岩手県岩手郡滝沢村)。現行の地方自治法に基づいて村が市となった初めての例であった。同時に庁舎を上田から翁長へ本格移転した。なお、市制施行前には日本の町村で唯一「役所」を名乗っていた(通常は「役場」)。
ちなみに、戦前の「市制」の下では、長野県岡谷市、兵庫県芦屋市、山口県宇部市、長崎県佐世保市の4市が村から市に昇格し、また沖縄県では日本復帰前に旧真和志市(現那覇市)、コザ市、宜野湾市、旧具志川市、浦添市の4市が村から市になっている。
沖縄の名字と同様、地名の読みが沖縄特有の読みから標準語化する流れを受けて「とみぐすく」でなく「とみしろ」が慣例として用いられることが多い。市内の県立高校2校と市立豊見城小学校は「とみしろ」の読みを採用しているが、市立豊見城中学校は「とみぐすく」である。琉球王国のグスク及び関連遺産群の世界遺産登録前後からは「ぐすく」の読みを再評価する気運が高まっており、豊見城警察署は市制施行と同時に「とみしろ」から「とみぐすく」へ読みを変更している。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/