大阪府柏原市の情報
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大阪府柏原市の概要
柏原市
かしわらし
| 国 |
日本 |
| 地方 |
近畿地方 |
| 都道府県 |
大阪府 |
| 団体コード |
27221-3 |
| 面積 |
25.39km²
|
| 総人口 |
75,466人
(推計人口、2008年10月1日) |
| 人口密度 |
2,970人/km² |
| 隣接自治体 |
大阪府八尾市、藤井寺市、羽曳野市
奈良県香芝市、王寺町、三郷町 |
| 市の木 |
コノテガシワ |
| 市の花 |
ツツジ |
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| 柏原市役所 |
| 所在地 |
〒582-8555 |
大阪府 |
柏原市安堂町1番55号
柏原市役所庁舎
(左はリビエールホール(市民文化会館))
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| 電話番号 |
072-972-1501 |
| 外部リンク |
柏原市の公式ページ |
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■:政令指定都市 / ■:市 / ■:町・村
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| ■テンプレート (■ノート ■解説) ■日本の市町村PJ |
柏原市(かしわらし)は、大阪府東部に位置する市。羽曳野市と並んでぶどうの町として有名。また、古墳や遺跡も多く、市内にある横穴墓(高井田横穴群、玉手山横穴群の2箇所)は大阪府内では、現在柏原市でしか発見されていない。橿原市(かしはらし・奈良県)、柏原町(かいばらちょう・兵庫県丹波市)、柏原(かしわばら・滋賀県米原市柏原)と混同されることが多い。2006年11月、構造改革特区(「生きる学力育成」小中一貫教育特区)に認定された。
大阪府柏原市の地理
地形
市域北西部は比較的平坦である。市域北部には生駒山系から続く山がそびえている。大和川を挟んで南側は金剛山系に連なる山地となる。
市域東部の亀の瀬(峠地区)近辺は軟弱地盤であり、大雨になれば大和路線関西本線の列車が運休になることや国道25号が通行止めになることがある。 かつては近鉄大阪線の電車が大阪教育大前駅付近の急曲線・軟弱地盤上を徐行して走っていた。
大阪府柏原市の歴史
歴史は古く、3万年ほど前の後期旧石器時代にまでさかのぼるとされる。 4世紀~7世紀頃に作られた遺跡や古墳は現在でも市内に数多く残っている。古代より大和川が大和から難波へと抜ける地点に位置している為、交通の要所としても栄えた。741年、聖武天皇が国状不安を鎮撫するために建立を命じた国分寺建立に、河内国分寺として現在の柏原市国分東条(ひがんじょう)町にも作られたが後に廃寺となる。 戦国時代後期には織田、豊臣氏の支配下となり、徳川政権下の江戸時代になると、戦争時には大坂の前衛地となる事から、重要な拠点として天領となり、幕府の支配下におかれた。大坂夏の陣の際には奈良街道から亀の瀬を経て、現在の国分あたりに進出してきた徳川方と後藤基次が先頭に立つ大坂方が道明寺一帯で交戦状態になり、その結果、基次は遭えなく小松山に散った。今日、市内には両軍関わらず、多くの供養碑が建てられている。
- 1889年(明治22年)、町村制施行により、大県郡堅下村・堅上村、志紀郡柏原村、安宿部郡国分村・玉手村が発足。
- 1896年(明治29年)、中河内郡、南河内郡が成立。、中河内郡堅下村・堅上村、南河内郡柏原村・国分村・玉手村となる。
- 1929年(昭和4年)、柏原村が町制施行。南河内郡柏原町となる。
- 1931年(昭和6年)、国分村が玉手村を編入。
- 1939年(昭和14年)、柏原町が堅下村と堅上村を編入。新・柏原町が南河内郡より離脱。中河内郡柏原町となる。
- 1941年(昭和16年)、国分村が町制施行。南河内郡国分町となる。
- 1956年(昭和31年)、柏原町が国分町を編入。
- 1958年(昭和33年)、柏原町が市制施行。柏原市となる。
- 1997年(平成 9年)、野口均市議が脅迫容疑で逮捕される。
- 2005年(平成17年)、山西敏一前市長が公職選挙法違反容疑で逮捕される。
- 2005年(平成17年)、同前市長が収賄の容疑で再逮捕される。
- 2006年(平成18年)、構造改革特区(「生きる学力育成」小中一貫教育特区)に認定される。
- 2007年(平成19年)、鶴田将良市議が詐欺容疑で逮捕される。
- 2008年(平成20年)、市制施行50周年を記念して様々な催しが行われる。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/