滋賀県大津市の情報
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滋賀県大津市の概要
天智天皇が近江大津宮に遷都して以来の歴史を持つ古都であり、世界文化遺産の比叡山延暦寺や園城寺(三井寺)、日吉大社などの神社仏閣をはじめ史跡が多く点在する。2009年4月の中核市指定を目指している。
滋賀県の県庁所在地ではあるが、県の南西端に位置し、また京都市に隣接し京都の衛星都市として発展してきたことから、滋賀県の中核都市としての性格は弱い。
滋賀県大津市の地理
位置
大津市の市域は、琵琶湖の南西岸から南岸にかけて南北に細長く広がっている。その名の通り、琵琶湖の水上交通の要衝であった。西隣の京都市との境には比叡山が南北に走る。また、比叡山で向かい合う京都市との関係も深いが、同時に対抗心も強い。
県庁所在地同士が隣接している。日本では、山形市と仙台市、福岡市と佐賀市、大津市と京都市の3ヶ所のみで、大津市と京都市は両市の中心部からの距離が約10kmしか離れていない(山形市と仙台市の中心部の距離は約62km、福岡市と佐賀市は約53kmである)。
地形
- 湖:琵琶湖
- 川:瀬田川(経由宇治川-淀川-至大阪湾)
- 山:比叡山
滋賀県大津市の歴史
- 667年(天智天皇6年) 天智天皇が近江大津宮に都を定める。
- 672年(弘文天皇元年) 壬申の乱。瀬田川の橋(後の瀬田の唐橋)をめぐって戦闘が発生、大友皇子は自決し近江大津宮は廃絶。
- 奈良時代には瀬田に国府が置かれ、田上山など湖南の山々は平城京造営の木材を搬出する場となる。
- 747年(天平19年) 聖武天皇の発願により瀬田川沿いの石山に堂宇を建立、後に石山寺となる。
- 788年(延暦7年) 最澄が比叡山に堂宇を開き、後に延暦寺となる。山麓の坂本がその門前町として繁栄。
- 794年(延暦13年) 近江大津宮廃絶後、その跡地は「古津」と呼ばれていたが、平安京遷都を機に大津に復する詔が出される。
- 平安時代の大津は、平安京から東国・北国へと向かう人や物を扱う港となる。延暦寺と園城寺(三井寺)の抗争が激化し僧兵が登場する。石山寺は多くの平安文学の舞台となる。
- 1096年(嘉保3年) 永長東海地震。瀬田の橋が落ちるなど大きな被害。
- 室町時代に入ると延暦寺の勢力はますます大きくなり、足利義教や細川政元ら権力者による焼き討ちが相次ぐ。大津や坂本、堅田などが物資の水上運送で繁栄、堅田水軍が活躍。
- 1571年(元亀2年) 織田信長、延暦寺を焼き討ち。明智光秀に坂本城を造らせ、琵琶湖の守りとする。
- 1586年(天正14年) 豊臣秀吉、坂本城を廃城にして現在の浜大津の場所に大津城を造らせる。
- 1600年(慶長5年) 関ヶ原の戦いと同じ頃、大津城の戦いが起こり大津城下は全焼する。
- 1601年(慶長6年) 徳川家康、大津城を廃城にして大津と瀬田の間に膳所城を造らせる。
- 江戸時代に大津は再興。琵琶湖を往来する船業者の組合・大津百艘船の本拠が置かれ琵琶湖水運の拠点となる。また東海道の宿場(大津宿)として物資運送と人々の往来で繁栄。大津絵などが名物となる。膳所城下は膳所藩のもと、しじみ採りや膳所焼が有名になるが藩財政は常に逼迫していた。
- 1662年(寛文元年) 琵琶湖西岸地震。琵琶湖沿岸から京都にかけて倒壊建物・死者多数。膳所城で建物の倒壊。
- 1698年(元禄11年) 堅田藩が立藩、1826年まで続く。
- 1868年(明治元年) 大津県が置かれる。
- 1869年(明治2年) 大津〜海津間に汽船航路が開通。
- 1870年(明治3年) 膳所城取り壊し、翌年膳所藩は膳所県になる。
- 1872年(明治5年) 滋賀県成立、大津は県庁所在地に。
- 1880年(明治13年) 逢坂山トンネル開通、京都と鉄道が繋がる。
- 1889年(明治22年) 大津〜長浜間の連絡汽船に代わる鉄道が完成、東海道本線開通。
- 1890年(明治23年) 琵琶湖疏水完成。琵琶湖沿岸から京都への水運が通じる。
- 1891年(明治24年)5月11日 大津事件。
- 1898年(明治31年)10月1日 市制施行により大津市となる。
- 1905年(明治38年) 南郷洗堰(現在の瀬田川洗堰)完成。
- 1932年(昭和7年)5月10日 滋賀村を編入合併。
- 1933年(昭和8年)4月1日 大津市(旧制)、膳所町、石山町の1市2町が新設合併し、新制の大津市となる。
- 1951年(昭和26年)4月1日 雄琴村、坂本村、下阪本村、大石村、下田上村を編入合併。
- 1967年(昭和42年)4月1日 瀬田町、堅田町を編入合併。
- 2006年(平成18年)3月20日 志賀町を編入合併。
- 2008年(平成20年) 3月18日 源氏物語千年紀in湖都大津開催。
- 2009年(平成21年)4月1日 中核市に指定される予定。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/