静岡県沼津市の情報
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静岡県沼津市の概要
駿河湾に臨む伊豆半島の付け根、愛鷹山の麓に位置する港町である。気候が温暖である他、箱根や伊豆半島や富士山への観光拠点としても便利な立地条件でもあるため、保養地としても発達した。
明治時代から1969年に亘っては、政財界の著名人が別荘を建てて、皇室も沼津御用邸を構えたために、「海の有る軽井沢」とも称された。また、井上靖を初めとする文人墨客所縁の地でもある。
令制国では、中心部と市域の大部分は駿河国に属しているが、伊豆半島への入口という点もあって、伊豆国の一部と見なされることも多い。[要出典]また、小田原や鎌倉や東京にも近いので、関東色が濃く見られる。
漁業も盛んであり、干物の「鯵の開き」の生産は日本一の規模である。
しかし、ここ十数年間では経済状況が悪化し、人口が急激に減少してしまっている。
静岡県沼津市の地理
自然地理
- 山岳丘陵
- 愛鷹山(1188m) 、沼津アルプス〔香貫山(193m) 、横山(183m) 、徳倉山(256m) 、鷲頭山(392m) 、大平山(356m)〕、発端丈山(410m) 、金冠山(816m) 、達磨山(982m) 、
- 河川水路
- 狩野川、狩野川放水路、黄瀬川、戸田大川
- 湖水池沼
- 浮島沼、門池、神池、明神池
静岡県沼津市の歴史
古代珠流河国発祥の地。近世には沼津藩の沼津城の城下町として、また東海道の宿場町、港町として栄えた。
7世紀以前の沼津市周辺は、珠流河国(するがのくに)と呼ばれており、領域は近世駿河国から廬原国(現在の県央)を除き、伊豆国を加えた範囲となる。
- 古代から中世まで
- 7世紀:古代珠流河国と廬原国の領域と併せて駿河国が成立。
駿河国駿河郡となり、その郡衙が置かれる。この頃は駿河国の国衙も駿河郷にあった。
- 680年(天武天皇9年)駿河国東部の二郡を分離して伊豆国を設置。国衙が安倍郡に移る。
- 1487年(長享元年)頃:伊勢新九郎長氏(北条早雲)により興国寺城が築かれる。
- 戦国時代から江戸時代まで
- 1579年(天正7年):武田勝頼により三枚橋城が築かれる。
- 1706年(宝永3年):大久保教寛が、松長藩(相模国小田原藩の支藩)を起こし松長村に松永陣屋が置かれた。
- 1707年(宝永4年):富士山の宝永噴火、原村でも降灰が記録される。
- 1777年(安永6年):水野忠友により沼津城が築かれる。
- 1854年(安政元年):安政東海地震。ロシア軍艦ディアナ号が津波被害に遭う、君沢郡戸田村にて代船ヘダ号が建造される。
- 明治から第二次世界大戦まで
- 1869年(明治2年)旧1月:沼津兵学校が開校する。
- 1889年(明治22年)2月1日:東海道本線沼津駅開業。
- 1893年(明治26年):皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の静養のために沼津御用邸が造営される。
- 1906年(明治39年):田方郡三島町(現三島市)との間に駿豆電気鉄道(後の伊豆箱根鉄道軌道線・路面電車)が開通。
- 1923年(大正12年)7月1日:楊原村と合併して市制施行。
- 1923年(大正12年)9月1日:関東大震災により被災。
- 1926年(大正15年):沼津大火により市の中心部を焼失。
- 1944年(昭和19年):片浜村・金岡村・大岡村・静浦村の4村と合併。
- 1945年(昭和20年)7月17日:未明、アメリカ軍機の空襲で市の中心部を焼失。(沼津空襲)
- 第二次大戦後
- 1955年(昭和30年):愛鷹村・大平村・内浦村・西浦村の4村と合併。
- 1963年(昭和38年):伊豆箱根鉄道軌道線廃止。
- 1968年(昭和43年):原町と合併。
- 1969年(昭和44年)4月25日:東名高速道路沼津IC開通。
- 1994年(平成6年):今上天皇が行幸。
- 2000年(平成12年):特例市に移行。
- 2005年(平成17年)4月1日:戸田村と合併。
- 2007年(平成19年):第39回国際技能競技大会が門池地区で開催された。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/