静岡県富士宮市の情報
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静岡県富士宮市の概要
駿河国一宮である富士山本宮浅間大社の門前町として栄えた。元は大宮と称し、甲駿国境の押さえの城である大宮城があった。その歴史的背景と、富士山の恩恵を受けた土地柄から、観光資源を多数有する。「富士宮市」という名称は元々富士郡であったことと、中心が大宮町であったことから合わせて名付けられた。富士山の登山道の富士宮口として多くの人が利用し、富士山の山頂部の半分近くを富士宮市が占めている。富士山の湧水が豊富で、その関係から水に関する工業が盛んである。近年、御当地人気料理特選とされる富士宮やきそばがメディアに取り上げられ有名になっており、それらは、お宮横丁などの商店街周辺で食べることができる。
静岡県富士宮市の地理
河川
富士川 、潤井川、芝川、大倉川、神田川、弓沢川、五斗目木川
山
富士山、天子ヶ岳、長者ヶ岳、毛無山、白尾山
隣接した自治体
静岡県富士宮市の歴史
- 古代から中世まで
- 延暦19年~21年(800~802年)、富士山が噴火(延暦大噴火)し、大きな被害を受ける。
- 806年(大同元年)、平城天皇の命により坂上田村麻呂が現在地の大宮の地に富士山本宮浅間大社の社殿を造営。
- 貞観6年 富士山が噴火(貞観の大噴火)し、大きな被害を受ける。
- 源頼朝が富士山本宮浅間大社の社領を寄進。
- 源頼朝により、朝霧高原で富士の巻狩りが行われる。
- 建久4年5月28日(1193年6月28日)、曾我兄弟の仇討ちが起こる。
- 北条義時・足利尊氏・足利持氏が富士山本宮浅間大社の社殿を造営。
- 観阿弥が今川氏に招かれ富士山本宮浅間大社で芸を演じた後、病で没する。
- 富士氏により大宮城が築城(室町時代後期の説が有力)される。
- 戦国時代以降
- 永禄9年(1566年)に今川氏の朱印状により、楽市がこの地に広まる。
- 永禄11年(1568年)に北条氏政より大宮城についての安堵状が送られる。
- 永禄12年(1569年)2月、武田軍の穴山梅雪と葛山氏元の連合軍が大宮城へ攻撃をしかけるが、逆にこれを撃退する。
- 武田信玄・武田勝頼が、富士山本宮浅間大社の社殿の修造を行う。
- 豊臣秀吉が富士山本宮浅間大社の社領を寄進。
- 天正10年(1582年)織田信長・徳川家康連合軍が侵攻し、大宮城が焼失。
- 1604年(慶長9年)徳川家康によって富士山本宮浅間大社の社殿が造営される。
- 角行が、富士山麓の人穴にこもり、修行を行う。
- 島津斉彬とその養女天璋院が共に大石寺に帰依する。
- 宝永大噴火により大被害を受ける。
- 1860年ラザフォード・オールコックが外国人として初めて富士山を登る。
参照:Wikipedia http://ja.wikipedia.org/